岩手県でわんこそばと碁石海岸と陸前高田ビルの解体

岩手はまだ雪が残っていました。

 今日は、春分の日で休日。昨日急遽決まった、J.K.と岩手県花巻市にてわんこそばと日帰り温泉。珍しくJ.K.の運転で移動。

 わんこそばは、わんこそば有名店(らしい)「やぶ屋総本店」にて。
やぶ屋総本店 (やぶやそうほんてん) - 花巻/そば [食べログ]
 1月に平泉町で食べて以来*1、2度目のわんこそば。しかし、平泉だと量が予め決められており自分でおわんにそばを入れる盛り出し式なので、いわゆる一般的にイメージされる「わんこそば」は初めての体験。

 上の写真左下がおわん。付け合せがいろいろ付いてくるのは平泉の時と同じような感じ。ネギやかつお節、とろろやすじこといったようなもの。味に変化を付けたい時に、適宜使ってくださいとの説明があった。
 前回もそうだが、今回も鮪の刺身が付いてくるのがとっても違和感あった。しかし、郷に入っては郷に従えということで、気にしないことにした。

 結果がこんな感じ1段15椀重ねで、4段。合計60杯。10杯でもりそば1枚分ということで、6枚分だった。3,150円の料金に対し、6枚分なら1枚分で約500円として元は取れたと思える。
 全然もっとイケるのだが、この後もでかけることを考えて、腹8分目といったところにしておいた。
 給仕の女の子が、俺が1人クソマジメに早食いしている(周囲はまったり食べている)ので、対応が随分と良くて面白かった。客5人に対して1人の給仕だったのだが、常に俺の椀が優先されそばが回ってくる。ほとんど「1人とその他」という対応。時折、薬味に手を出すと「もう食べただろう」とお代わりを入れようとして間違えるほど。段々フェイク入れるのが楽しくなってしまった。
 一方、一緒に食べていたJ.K.はゆっくり食べていて俺が60杯丁度でやめた時点で半分の30杯くらい(給仕が俺ばかりにまわしてきた影響もある)だったのだが、限界に挑戦と言わんばかりに伸ばしに伸ばし、70杯まで食べていた。結構苦しそうで、テレビで大食いしている漫才師みたいな動きをしていて、面白い。苦しくなってお椀を置くと、給仕から「お椀は置かないでください。」と笑顔で注意されるギャグっぷり。

 ちなみに認定証。60枚で小結の文字。認定あるなら、もっと頑張ったのに・・・。ちょっと腹8分目だったことを後悔した出来事だった。
 意外と楽しめたわんこそば、今度は誰か連れてきてみたい。

 腹いっぱいで苦しくなっているJ.K.と運転を変わり、花巻からそのまま海側へドライブ。
 着いたのは大船渡市にある碁石海岸。約3年前に復興支援で岩手県に来ていて、唯一の休日に観光としてこの場所へ来たことがある*2
 先の東日本大震災は、人として、考え方の根底を変えた出来事の1つ。その中でも印象深い場所だったので、よく覚えている。

 当時と変わらない力強い岩肌。そして、人間の無力さに気づく、圧倒的な波の様子。大いなる大地に対して、人間というものはとても小さな部品のようなものだ。
 その部品だって、様々な感情を持って生きている。それは喜怒哀楽様々あり、夢見がちなときもあれば、達観してしまっているときもある。
 答えにならないけど、そういった俯瞰的な考えを持つことができる場所だ。改めてこの場所を訪れて、本当に良かったと思った。

 それと、個人的出来事だけど、陸前高田市内を通った時、市内にあったNTTの陸前高田ビルが解体されていたことに気づいた。
 震災当時の衝撃的かつ象徴的な場所の1つだったこの場所、当時もそうだが、改めて昨年の秋に訪れて*3懐かしい思いに浸った場所だった。無くなってしまって良かったという思いと、象徴的な場所を失った虚しさが交互に出てきた。
 一緒に行ったJ.K.は被災の痕跡が残る場所に訪れたのが初めてだったようで、少し静かに風景を眺めていたようだった。一体何を思っただろうか。ヘタに思いばかり残る俺より、もっとピュアな感情を持っているはずで、俺はそれを聞いてみたいと思った。今はまだ整理がつかないだろうから、その内、聞いてみたいと思う。
 なんだかんだと岩手南部を楽しんだ1日。そして家に帰って気づいたんだ。花巻で温泉に行っていないことを・・・。
 自宅で荷物を閉まっていて、持っていたバスタオルを見つけて気づいた。2人して、相変わらずボケてる。それが嬉しくて、後半真面目な顔していた自分が、一気に馬鹿らしくなったんだ。
 休みは楽しくなくちゃ。最後のオチで、すべてが楽しくなったよ。

*1:1月の平泉でのわんこそば体験に関してはid:M-I-5:20140104参照。

*2:当時のBlogはid:M-I-5:20110424参照。

*3:id:M-I-5:20130928参照。