TOGIO 読了

物語のキーワードの1つ「オリガミ」

トギオ

トギオ

 TOGIOを読み終えた。
 物語は語り部と客人がいて、その中で、ある農村の主人公が農村を出てだんだんと都会に出て行くという過去の話が進む。農村は口減らしをしてまで枯れた畑を耕して生活するのだが、主人公は都会から来た教師にふれあうことでこの土地に未来はないと気づく。そんな中、友達と共に農村を追われ、港町に居着く。大都会と農村の中間に位置するそこで仕事を得て、現代文明に触れ、社会の有様を客観視していくようになる。結局そこも追われ、首都である都会に逃げ込むのだが・・・という話。
 読んで文章に感じたのは、無類の爽快感。描写を精査にしようとすれば文章は野暮ったくなるし、まったくないのではイメージが湧かない。この文章は用語や形容詞、バックグラウンドに一切の説明がない。唐突に出てくる用語もあって、それがどんな意味を持つかは物語全体を通して理解していくことになる。理解しづらいといわれればそれまでかもしれないが、言葉を説明するという停留が一切無いため気持ちよく読み進めることができた。またそれが行き急ぐ主人公を表しているかのようだった。
 さらに感じたのが、ただひたすらに淡々と進む無感情さ。喜怒哀楽について、まったくの他人事のように描写されている。読んでいて笑ったり泣いたりするのではなく、むしろそうなったことに大して考えを巡らせ、分析する余裕を持つことができる。読み手は感情移入することがないのだが、一方で場に起きている感情の流れは把握できるというパラドックスを体感できる。
 物語についても感じたことはある。俺自身、農家の子供であるし、未来の無い農村については痛いほどわかっている。さすがに口減らしとまではないが、果たして他を犠牲にしてまで肯定されるかどうかは常々疑問を持っていた。そのせいもあって、この本は実家の中では読めなかった。外で読まなければ下手な怒りを起こしそうだと考えるほどに、この物語と自分の実感には同じものがあった。一方で、港町、都会でも主人公はそれぞれに矛盾を気付く。そこからは、結局どこにいても、中身は異なるといえども、苦悩は付きまとうのだと思った。つまりは過去を見捨てて、未来を諦めるのにちょうどいい本。それがこの本の物語についての感想だ。
 4月からの新生活。果たしてこの本と同様に、港町や都会は俺を絶望させてくれるだろうか。さあ未来を諦めよう。